きみらしく- ADHDと仲良くいこう

興味のままに不注意を携えて動き回る、そんなうちの子はADHD代表選手の一人です。彼を育ててるからこそ見えてきた世界、そこから感じた色んなこと、伝えていけたらと思います。

幼少期の振り返り①スイミング編

幼少期の多動な日々をちょっとずつ振り返ります。

前にも書きましたが、

もんちっちは年少さんの頃、

スイミングに行き始めました。

 

有り余るパワーをどこかで消費したいと私が願っていたからです。

 

スイミングのプール自体は抵抗なく、すんなり入って楽しんでくれたのですが。

 

まず大変だったのが体操の時間。

 

小さな部屋で級ごとに並んで、準備運動をする時間です。

部屋に入ると、とりあえずまず走り回ります。

ひとしきり動いたあと、部屋から出ます。

この時間が本当に苦痛でした( ̄∀ ̄)

ギャラリー席に行ったり、受け付けのカウンターに行ったり

椅子に座ったと思ったら立ち上がって椅子から飛び降りたり。

自販機を見ればジュースやアイスを買いたいと言い、

プールが終わったらねと言い聞かせても今がいい!と納得せず駄々をこね。

 

ほかの子は、コーチと体操をしていて

ママたちは座ってそれを見ている時間。

もんちっちは動き回って、私はそれを追い回す時間。

追いかけたら余計逃げるように走り、だけどどこかに行ってしまったら困るから放置もできず。ぶつかったりと迷惑をかけた人に謝って、叱ってもまた繰り返す。

早く時計よ進め、体操よ終わっておくれ

彼をプールに連れてってーと時計の針を何度も何度も確認する時間でした。

よく、頑張ったなぁ私。笑

 

体操の時間の様子をよく見ていると、大きな声でみんなが

いちにーさんしーごーろーくしちはち

と数えいる時、耳を塞いで嫌がっていることもありました。

大きなわめくような音が不快だったのだと思います。

これに関しては、ずっと毎回ではなかったし、年中さんくらいには気にしなくなっていました。

自分はもっとうるさいのになんて私は思っていました(・∀・)

 

体操が終わってプールにみんなが移動し始めると、ようやくコーチに託すことができ、やれやれやれやれ、やれやれーーーー!

と、1時間のつかの間の安堵の時間を手に入れられました。笑

 

プールの中でも

もちろんもんちっちはもんちっちです。

順番を見ていないとか、次に何をするか説明を全く聞いていないとか、

列に並ぶとお友達とじゃれ合い出すと、全く周りが見えなくなったり

もしくは、ひたすら一人で潜りっこしてたりとか。

窓ガラス越しのギャラリー席にいても

『もんちっちーーー!』と何度もコーチが呼ぶ声が聞こえてくるほどで。

自分の世界でひたすら水と遊んでいました。

コーチは大変だったとは思いますが( ̄∀ ̄)

 

そんな大変なスイミングも、年長の頃には

一人列に並び、体操をして、話しは聞いてないながらもみんなと同じような動きができるようになっていました。

 

突然成長するわけではないけど、少しずつできる日、できない日を繰り返しながら

できるようになっていった、そんな感じでした。

 

4年半ほど習って一年生の春にスイミングは辞めましたが、

今年の小学校の水泳では、泳ぎの見本をさせてもらったらしくとっても嬉しそうでした。

 

もんちっちは、自分を見つめることが苦手なのではと思います。

どちらかというと、自己評価は低い。

できることも、気づいていないというか、

できていてもにあまり自信がないし

できないことは特に強調されて感じているように思います。

スイミングでも、クロールが停滞したときからやる気をなくし、水泳は得意ではないと思いこみ、水上を浮遊ているのかというような気の抜けた練習をし、やっと合格したことを機に彼は迷いなく辞めました。

 

これは、もんちっちの気持ちだけの問題ではないようで、身体がどう動いているとか、どう動かせば良いという感覚が分かりにくいから余計に水泳が上手くいかなかったようです。

発達の先生が仰ってました。

 

なので、今回学校で水泳の見本になれたという明らかな事実によってようやく、

僕は意外と上手にできるんだ!と感じたみたいで。

 

スイミングも、もう一回行こうかななんて

調子のいいことを言っています。

 

そんな簡単に辞めたり戻ったりは私的には無理ですけどね( ̄∀ ̄)

 

こうして振り返ってみて、あんなに大変だったことも少し忘れていた自分に気づきました。

 

確実に成長しているんだなと。

大変なことも、笑いに変えて

これからも乗り越えていくしかないなぁ(^○^)

 

 

僕は賢くなりたい

やっぱり、何かが変わった。

 

昨日も、学校から帰って習い事に行くまでのたった20分を惜しんで宿題をすぐに終わらせてたらしいです。

学校から帰ってから、もんちっちたちはおばあちゃんの家で過ごしているのですが

おばあちゃんやおじいゃんも、

いい子すぎて気味が悪いわぁ

というほど

素直にさっさとお勉強を始めるらしいのです( ̄∀ ̄)

 

それにね、今まですごく簡単なミスがちょこちょこあったんです。

やっつけ仕事でやってるから漢字も汚くて。

 

私が仕事から帰って見直しをすると

直しが少しあって、ちょっとやり直すだけなのに

えーもうめんどくさいからいいやん!

とかなかなかしない。

直しだけでも大変だったのに

今はその直しも、全然ないんです。

計算は全部合ってるし

漢字の字も、同じ大きさで最後まで乱れなくなった。

不思議。

本当に不思議でしかなくて。

 

もんちっち、すごいねぇ。なぜそんなに頑張ってるの?ママびっくりなんだけど!?

 

ってききました。

 

なんともない顔して

『大人になったとき、計算とかめちゃくちゃできて、賢くなりたいから!算数が楽しくなってきた!』

 

とのこと。

 

これは内発的動機なのか!?

 

だったら、いいんだけど。

 

もし、頑張ったらママが喜んでたし!先生褒めてくれるし!

とか、そんななら

頑張らなくてはならないことがいつかストレスにならないかなぁなんて

あまりの変貌ぶりに不安にさえなっていましたが。

 

正直、本当にわからない。笑

 

僕は賢くなりたい

 

そういう子どもの心理って

どういうものからくるんだろう。

 

周りが見えてきたからなのか

自分と向き合ったからなのか

単純に、勉強が楽しいのか。

 

なんなんでしょう。

 

これだけの変化を短期間にするってことは

たぶん反対もありえる。

そう思っています。

 

今まで色々ありすぎて、単純に喜べない心理、私の自己防衛なのかな。

そんな深く考えることではないのかもしれないけれど、

いやぁ、不思議です( ̄∀ ̄)

ADHDを治療するアプリゲーム!?

すごいニュースに、今更ながら気づきました!

塩野義製薬さんが、ADHDASDの子どもたちを対象に、アプリゲームで脳の活性化を狙う治療を準備しているみたい。それも、一部はもう臨床試験も終わっているとか!

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190403-00010004-huffpost-bus_all

 

脳の前頭前野を活性化するようなアプリゲームになっているらしいです(^O^☆♪

 

私的には、これはすごく期待したい✨

 

薬で脳の活性化を狙う治療薬ももちろんあるわけで、合えば効果があるのはよくわかるんですが

やっぱり薬で刺激してるから薬剤が効いてる間だけの効果なのだろうし

根本的な治療ではない。

 

それに、薬により脳が活性化されたら

脳自体の頑張りはどうなってくのかな?とか。

薬剤への耐性とかそんなものはどうなんだろう、とか。

 

単純に不安もあり、子どものことだから、慎重になる。

自分で決定できない年齢だし、薬剤による治療となると私は悩むだろうなと思うんです。

 

まだお薬をすすめられたことはないのですが、

もしもんちっちにお薬をすすめられたら、それは専門家であるドクターが必要と思うタイミングなのだし、じっくり必要性とリスクを聞こうと思っています。

そして何より、本人が毎日しんどいんだと言うなら、それは内服を後押ししようと決めていました。

 

だけども、アプリゲームで本当に脳が活性化するのなら

いわば脳の筋トレみたいなもんですよね!?

 

副作用も、きっとすごい少ないだろうし。

こんだけゲームしてるんだから、ゲームによる影響とかはまぁ、とっくにあるわけだし。

 

アプリゲームとは。

そんなことができるのか(o^^o)

現代ならではの治療。

面白すぎる。凄すぎる!

研究してくれた人、最高!ありがとうございます(*´꒳`*)

 

そして、ゲーム大好きなADHDっこはたくさんいるだろうから、絶対合うんじゃないかなって。

効果が確認されたようだし

やってみる価値のある、最高の治療になるんじゃないかな(^○^)

 

不注意やワーキングメモリの改善に良いみたいなことも他の記事に書いてあったから

認可されたら絶対に試してみたい(*´꒳`*)

 

こういう研究が、たくさんたくさん進むといいな。

突然の成長そして褒められ期のあとはどうなる?

最近、妙にもんちっちは褒められるんです。

 

それも、

先生がわざと意図して褒めてくれている訳ではなさそうなのです。

 

こんな状況になることは、もんちっち史上初めてのことなので

褒められ期のあと、いったい何が起こるのか

そっちをすでに心配してたりします。笑

 

まさに、経験したことのない領域

新しい局面が今きてます。

 

褒められるといっても、

他のお友達が当たり前にしていることができているだけではあります( ̄∀ ̄)

 

すぐ次の授業の準備をするとか

朝は連絡帳をまずは書くとか

宿題の訂正はすぐ直すとか

姿勢を正して指示を待つとか。

2年生にもなれば、みんなにとっては当たり前の毎日の流れの中での決まりごとなんですが

もんちっちにとっては全部苦手なことでした。

 

興味関心のままに行動をチョイスしてきたもんちっちなので

次のことを考えて今すべき行動を選んだり、

周りを見て、同じ行動をとること、

なんて

超ハイレベルな課題だったわけで。

 

そういうことができるようになってた。

それもなぜか、急になった。

 

いやぁ、びっくり。

 

実はなんとなく、私も変化を感じていました。

例えば、先週名札をつけ忘れて行ったとき

帰ってきてふと

「今日名札忘れたから、ちゃんとわかるとこに置いといて」

なんて言ってました。

こんなこと、なかったんです(T-T)

耳を疑いましたもん( ̄∀ ̄)

 

今までなら、忘れ物をして指摘されても、帰ってきたら忘れたことすら忘れてましたから。

 

そして、細かなところでは

帰ってすぐ、宿題をする。

それも20分で終わる。

漢字ノートの日付を自分で書くようになった。これまた先週から。

日時、曜日もちゃんと覚えてるし。

今までは、抜けてるよ!何日、何曜日よ!

と言わなきゃ気づきませんでした。

そして書くのさえ面倒くさがりました。

鉛筆も、いつもいつも私が夜中チェックして削ってやってたのが

自分で削って用意するようになりました。

 

尖ってないと書きにくいからな。

なんていいながら。

 

細かなことに注意が行くようになって、

ワーキングメモリが、なぜか飛躍的に改善している。

 

このあたりを感じています。

それも

先週から。笑

 

なんで、こんな急に成長するの??

 

これも謎です。

 

先生も、よっぽどの衝撃なのでしょう。

毎日連絡帳に

今日も素晴らしかった!

立派でした!

の連続。

補助の先生までも、

先生もそう思います!

とハートマークハナマルつき。

 

私も、

宿題のお返事カードに

今日も言うことなし!

すごい!

 

こんなやりとりが

先週から。笑

 

何が影響してるんだろう。

本当、影響要因について研究してみたいくらいです。

わかれば、ものすごい研究結果を報告できるはずだわぁ(^∇^)

 

たまにしか、彼らは褒められることはないので

いっぱいいっぱい、先生たちも褒めてくれているのだとも思う。

 

新学期、厳しい先生に不安を感じたけれど

もんちっちの成長を私が信じてなかったのかもしれません。

 

一年生のときの、穏やかにすべてを包んでくれて、そのまんまを受け入れてくださる先生から

二年生では、規律やルールの大切さを厳しく指導する今の先生になり

結果良かったのかも。

 

ステップをふんで

階段を一つ上がって挑戦できたのかもしれません。

 

様々な価値観の中で育つことは

大切なんだと学びました。

 

居心地が良いところだけが、彼に必要なわけではないこともよく分かりました。

 

何よりも、自分の努力でできるようになり、みんなが評価してくれること、これにより彼の自尊心や自己肯定感が高められているととても感じています☆

 

そういうものが、次の問題を超えるとききっと必要になるはず。

 

私が一つ、もんちっちの成長の理由として考えられるなと思っているのは

自分より困っている人をもんちっちは見つけたのかなと思ってます。

あの近所のお友達だったり

もんちっちのクラスの気になるお友達だったりです。

多動で問題がわかりやすい男の子は一年生から困り感が見えてましたが

女の子たちは今の時期、なんだかいろいろとありそうな気がします。

クラスの中のことはあまり知らない私がわかるほどなので

もんちっちは、何かあるんだとわからないなりに気づいているみたい。

休みがちな女の子のお友達のこと気にして

今日は来てくれてん。嬉しいからすぐ声かけた!

とか、言ってました。

守る人がいたら、成長するのかな。

 

いつも心配ばかりだけど、今はちょっと拍子抜け。笑

 

褒められ期のあと何が起こるか!

検証していきます( ̄∀ ̄)

発達障害とは何なのか

そもそも、発達障害の定義はものすごい難しいものですよね。難しいというより曖昧。

いくつか定義をみてみましたが、定義としてはその表現を大きくするしかないんだろうなと思いました。

 

脳に機能障害があって、決められた項目に当てはまるなら診断しましょうか

みたいなものと勝手に理解しています。

 

実際、頭のMRIとかとって診断した人なんてほとんどいないだろうし

そういう点でも科学的な根拠としてはまだまだ未知の部分が多いような気がして

他の病気の診断とは明らかに違う。

症状を頼りに、人間が作った知能検査などの検査に沿って診断がなされる。

 

このライン、この特徴、尚且つ生活に支障をきたすようなら障害と診断する、みたいなイメージかな。

 

診断名も、専門家による研究の積み重ねにより、わかりやすく症状をグループに分けた、そういうものだと思うんです。

実際、分類の仕方も呼び名も少しずつ変わってますしね。

 

まだまだ研究が進んでいないのは、脳機能が複雑で、ひとりひとり症状も違いすぎるから。そんなところかな。

 

結局は、どれだけ支障をきたしているのかが重要なポイントになるんだと思います。

 

そして、そういう曖昧なものだからこそ

診断されても悩みは尽きない。

 

もしかしたら、診断の時、大きなショックを受けた人も多いかもしれない。

私も、我が子にADHDと診断されたときある程度の感情の動きはありましたが

そこまでのショックではなかった。

 

だけど、どこまでいっても

ADHDに対する思いには波があると感じています。

 

うまくいっているとき、つまりあまり支障がないときには

大丈夫だ!なんて思ってみたり

支障が可視化され問題が明確になったときには、ちっともポジティブに捉えられなくなったり。

特に、対人関係がからんだ時のショックは大きいような気がします。

 

それは、本人の症状に関しては慣れのようなものができてしまい、親はそんなものだと感じて対処できてくるんだと思うのですが

他者に迷惑などをかけたとき、どうしようもなく申し訳なく感じたり、不安になったり、本人を不憫に思ったりするんだと思います。

 

他の病気なら、できないことを責められることもないし、周りにスムーズに受け入れてもらえるのに

発達障害に関しては、そうではない。

 

親は、子どもをずっとみてきて

そして専門的な見解を得て、

ようやく子どもの特徴と行動を掴んでいるはずなので

そうではない周りの人々にはいくら学校の先生でも、すぐには理解できないはず。

 

なんでそんなことができないの!

 

そういう言葉がでてきてしまうのも、イライラしてしまうのも十分理解できます。

子どもたちならなおさらです。

 

だけど、

世の中の常識や、人間関係のルールも本当は人間が決めたものだから

実は曖昧なものかもしれない。

それでも、それらが一番必要なものであったりします。

 

もんちっちを育てるまで、私も世の中に何の疑問ももたず生きてきました。

 

普通!というものの価値観に、断固たる自信があったと思います。

 

だけど、完全に私の普通は変わっていって

今は正直わからなくなっています。笑

 

もんちっちを理解したいと思いながら過ごしているうちに

世の中の何が正しいのか、何がいけないのか

そのあたりに疑問さえ持つことも増えました。

 

わかっている、わかっているんだけど

 

言葉にするなら

 

人間の世界は難しいもんだなぁ!

 

という逃げ言葉にしか今はできませんが。

 

これからも、たぶん

その独特の波がやってくるはずです。

だけど、その波の超え方が

上手になってきているという実感もあります。

 

そうやって、私も成長していけてるのかもしれません。

 

私が今わかることは

もんちっちが幸せに生きるには、彼の周りもハッピーでなければいけないはず。

 

自分の子どもの視点と、周りのお友達の視点、先生の視点、それぞれの立場からちゃんと考える。

 

悶々としてしまったときは、そんなことを考えながら、

このなんともいえない曖昧なものとうまくやっていこうと試行錯誤しています。

 

 

発達の受診日

もんちっちの受診でした。

最近は、担任の先生からも色んなことに注意がいくようになってきたと褒めてもらうことが増えてきて

もんちっちも自信になっているようで、特に困ったこともなくなってきています。

小さなことは山ほどあると思いますが。

慣れました٩( ᐛ )و

たぶん、担任の先生も

彼に、慣れたのだと思います( ̄∀ ̄)

 

とはいえ、問題は一山超えたらまた出てくるものなので、油断は禁物かな。

 

お友達とのトラブルの話しにもなりましたが

もんちっちのトラブルは、そこまで多くはないですがたまにあります。

 

例えば、ほうきとか、長いものを持つと嬉しくなって振り回して女の子にあたりそうになった、とか。

縄跳びは振り回して危ないから、預かってます!とか。

帽子を飛ばして遊んでいて危なかったとか。

あと友達とよくあるパターンは、お友達とちょっかいの掛け合いが止まらなくなって激しくなる、とか。

 

幸い、大きなことにはなっていないのですが

危ないことに関してはしつこいくらいに言い聞かせてきたつもりです。

とはいえ、なんで彼が楽しいと感じる動きは危険が伴うのか悩むところです(・∀・)

 

お友達との関係では。

正直なところ、お友達自身への関心はそんなにないんだと思います。

『誰と』遊ぶというところに全く関心はないようで

『何を』するか、というところにもんちっちの興味関心は向いています。

 

今日は休み時間何してたのー?

 

って聞いたりしても、

 

ぶらんこ!

ごっこ

 

の返事がほとんどです。

 

へー!誰と?

 

と聞いても

 

さぁー。誰がいたかなぁ。忘れた!

 

という返事もいつも。笑

 

私も、もんちっちが誰と遊んでいるのかとかは実際あまり気にしてなくて

いつもこの反応で、面白いから聞いてます(=^▽^)σ

 

もんちっちにとっては、ぶらんこや鬼ごっこがしたい訳で

お友達は誰とでも良いのだと思うのです(・∀・)

 

周りの2年生は、特定の仲良しの子ができたり、休み時間にはその子と何をして遊ぶかを考えたりしてるので

もんちっちは、そういう意味ではまだまだ周囲のお友達への関心は低いのですが。笑

 

まぁでも、私はそれでいいと思ってます。

もんちっちは休み時間に何をしようかと毎日ウキウキしているようだし

自分の時間を楽しめることも才能だと思うことにしています(・∀・)

 

病院の先生も、

たぶん彼はこのまんま、自分の興味で動く分、人への執着みたいなのは低い。人がどうとかそんなことは全く気にしないと思うから、自分から人を攻撃したりするタイプにはならないと思うよ

と言われていました。

 

特定のお友達はそういう意味ではまだまだできないのかもしれないけれど

心の成長とともに、いつかは大好きなお友達もできると思います(^-^)

 

でも、もんちっちは私と全然違うなぁと思います。

私は10代後半には、人からどう思われているのかとか、自分のキャラってどんなキャラなのか、とか、人からの評価をとても気にしていた時期がありました。

どのグループとも一緒にいれるタイプだった自分は、逆に自分らしさがないと感じて悩んだりしました。私らしさってなんなんだろうかと。

 

『そうか、これが自分らしさだ!』と思えたのは20歳を超えてからで。

のちに、あの時間のあの悩みがアイデンティティの確立に関するものだったのかーと妙に感心して思ったのです。

 

もしかしたら、

もんちっち、似てるのかもしれないと書いてから思いました( ̄∀ ̄)

母親の価値観の違いとトラブル

学級懇談会がありました。

ほぼ無事に終わりました。

 

ほぼ、って。笑

 

一言ずつ挨拶しただけで、なんとなく色んなお母さんがいることを理解します(・∀・)

ゲッソリしそうになりましたが

いちいち気にしてたらやってけないわと思うようにもなりました。

もんちっちが何もしてないなら、とりあえずよしです。

しかし、すごい時代に子どもたちは育っていくことになるんですねぇ(T_T)

 

にしても、細かなことが気になりすぎる人が増えてるんじゃあないかと

そんな気持ちがするんですがどうでしょう??

どこも同じ??

 

そりゃぁ、私が思う小さなことも、他のお母さんにしたら大きなことであり

誰の価値観が普通とか、正しいとかは誰にも決められない。

だけど、時として、

これは子どもたちを守っているのか、追い込んでいるのか、

わからなくなったりもします。

見方を変えたら、正しいことと、間違っていることが全く逆になったりすると思うんです。

 

前回書いたご近所のトラブルもそう。

勢いを増しているようです。

 

結局、怒鳴りこんだ方のお母さんは、子どもを家から出さないという手段をとられています。

あんなに毎日きてたのに、ちっとも見ない。

 

だけど、

近所で遊ぶ声が聞こえたら、遊びたがるから

わざわざ用事を作って家にいないようにして隔離してるから!

と、相手のお母さんに言われたそうです。

 

声が聞こえたら遊びたがる

それを聞いて、

子どもが遊びたがるってことは

 

子どもを追いつめているのは、相手の子どもではなくて

そのお母さんなのではないかなと思ったんです。

 

今日は何されたの?

それで?

そんなこと言われたの?

また?

信じられない!

 

こんなふうに問い詰めてたら

子どもはしょんぼりするんじゃないかな。

 

僕はそんなに、ひどいことされてるんだ

嫌われてるんだ

あの子はひどい子なんだ

 

僕は悪くない

 

 

そんな価値観が作られてしまって

負の連鎖が始まっているような

そんな感じがします。

 

だって、

あれから何回か朝の集合場所で一緒になったけれど

やっぱり立場的に強いのは怒鳴りこんだお母さんの子どもの方であって

負けずに言い返すのがもう一方の子ども。

2人ともひかなくて、ぷーんってなる。

よくある子どもの言い合いでしかない。

まぁまぁまぁ!って、私も声かけて

出発時間には上級生にたくしますが

どっちもひかないんだこれが。

その内容も子どもあるあるです。

 

私なら

もんちっちが

こんなこと言われた!とか言ってきたら

 

重たくせず、軽くしてやるように返してしまうけどなぁ。あんたも言ってるよね〜Σ( ̄。 ̄ノ)ノとか。

そして相手の子どもにも、関係ないことをたくさん声かけるなぁ。

悪い言葉でやり合ったら、もんちっちの方に注意しながら伝わるようにする。

 

本当のいじめ問題ではそんな気楽に言ってはいけないと思いますが

 

ないはずのいじめを

大人が作っていることもあるんじゃないかと

今回のケースはそんなふうに思うんです。

 

我が子がかわいいのは、そりゃあ誰も同じ。

だけど、

我が子を思うなら

我が子に解決するための階段を登らせてやらないと。

いつか困るのは我が子だと思う。

小さな喧嘩のうちに、相手との関係の作り方について理解しないと

みんなの心が成長したときには

周りに友達がいなくなるんじゃないのかな。

その時また、お母さんが怒鳴りこみに行くんだろうか。

そしてまた、お友達が減って、、

 

何よりも

毎回毎回、子ども引き連れて相手の子どもに怒鳴りに行くのは

お願いだからやめてあげてほしい。

 

どっちの子どももかわいそうだ(T_T)

想像しただけで悲しい。

お母さんが、お友達に怒鳴る姿を喜んで見る子どもなんてきっといないよね。

怒鳴りこまれている子どもさんも、夜泣いて眠れなくなってしまっているようで。

 

今回のことは考えれば考えるほど、嫌な気持ちになるんです。

我が家を挟んで両隣で揉めてますしね(・∀・)

 

みんなで、子どもたちを見守ってやりたいというのはキレイゴトなのかな。

 

うちみたいな田舎でこんなこととは。

子育てしやすい、古き昭和のような、穏やかな町だったんですけどね(・∀・)

 

いやぁ、私もこの先の世の中が怖い。

 

日本、大丈夫か(T_T)