きみらしく- ADHDと仲良くいこう

興味のままに不注意を携えて動き回る、そんなうちの子はADHD代表選手の一人です。彼を育ててるからこそ見えてきた世界、そこから感じた色んなこと、伝えていけたらと思います。

母としての学び

気づけば今年も残すところ1カ月と少し。

 

もんちっちの二年生も、あっという間に二学期が終わろうとしています。

 

母として、学んだことがあります。

 

学校の先生も、子どもを理解するまでには時間が必要だということです。

そして、発達の問題があることに、親は甘えてばかりではダメだということ。

 

4月、新しい担任の先生になり、ベテランの先生だから安心しきっていた私がいました。

そんな中、先生からの毎日のようにもんちっちの問題情報?を伝えられ、親としては心が折れそうな時もありまして(°▽°)

正直、凹んでいたと思います。

 

1年生がなんとなくうまくいって、このままいけると思っていたからショックだったのかな。

 

1年生のときは毎日頑張ってますよ!って先生はニコニコしながら学校での様子を伝えて下さることが多くて、そこまで学校から連絡はなかったのに、なぜ2年生になった途端に、

あれもダメ、これもダメ、全然できていない、

とまぁ、そんな連絡ばかりになって( T_T)

なぜことになったんだろうって不安で、

理由がわからないから、

先生は厳しすぎるのではないか、このままだと発達の問題について適切な理解を得られないのではないか、

そんなふうに考えていました。

 

だけどたぶん、先生も、もんちっちのことが分からなくて、掴めなくて

だけど日々の生活の中ではもんちっちの苦手はいっぱい見えて、だから私にたくさん聞きながら伝えてくれた。

 

極端に椅子に座る姿勢が悪いこと、ノートをとるのが遅れること、気が乗らないと連絡帳を書くのさえ一苦労なこと、休み時間には遊びで頭がいっぱいになって次の授業の準備もままならない、せかすとイライラしてること、苦手な食べ物があって給食で大変なこと、

 

全部私にとっては「知ってる」情報。

 

「こんなに大変なんです!」と言われても

随分とこれでもマシになったんだけどな、としか思えない情報。その時は、、

 

いきなりこれならきっとひっくりかえるけど、私には良く知ってる日常だから、

もっともっと大変だったから、たぶん先生と温度差があった。

 

だけど、先生にはその時出会ったもんちっちが初めて知るもんちっちなわけで。

2年生なのにこれなの?って思ったかもしれないわけで。笑

8年間、ずっと側で見てきた私と捉え方が違うのも当たり前。

先生は、もんちっちのことを知りたかったのかな、今はそんなふうに思っています。

 

そして、発達の問題があるからそんな完璧にはできないし仕方ないと思っていた私にも問題があると言うことも教えて頂けたと思います。

 

二学期になると、先生がもんちっちのことを伝えて下さる内容も変わってきました。

 

もう、頑固でね!言い出したら引かないし腹がたつから二人でケンカみたいに言い合いになる時もしょっちゅうですよ!でも、謝りにくるしなんか許せてしまうのは彼の得なところだわー!ほんとにもうって許してしまう!( ̄▽ ̄)

 

とか

 

先生も、もんちっちのことが掴めてきたらうまく対応して下さるようになって

笑い話しにもして下さるようになった(^ ^)

 

私も、先生と今後どうやって階段を登って行こうかと話せるようになった。

 

まだまだ、難しいことはたくさんですが

もんちっち曰く、毎日は最高らしいです。

 

その答えが全てだと思います。

 

私もまだまだ、未熟な親で

もんちっちや、もんちっち弟のためにも

未熟なことを忘れないようにしなくっちゃ。

もんちっちの生き方はまっすぐ

もんちっちは、何事においても

ど真ん中、直球勝負です。

 

学校の先生にも言われたことがあります。

 

「もんちっちほど、周りを気にせずまっすぐに我が道を突き進む人に出会ったことないわ。あの生き方でいいのよ、私たちは余計なことを考えすぎなの。」

 

と笑っておられました。

こんな風に見てくださる人が学校にいるだけで幸せものだと思います。

ちょっといいとこだけを褒めすぎとは思いますが、彼は本当に自分の気持ちに素直なことは認めます。

 

この前もテニスの後、コーチを捕まえて何か話していました。

また一方的にスイッチとかゲームの話しでもしてるのかなぁなんて思って待ちました。

 

戻ってきたもんちっち。

 

何してたの?って聞くと

 

『選手コースに行くには

あとは、何が出来たらいいのか聞いてきた。わからないから。』

 

ひぇーさすがだ。

 

そんなこと聞いたのか💦

なんて思いながら

コーチはなんて?

って聞きました。

 

『話しをしっかり聞けるようになることと、順番を忘れないようにすること、それが出来るようになったらだって!』

 

わーお😳

それって、それって

 

5歳くらいからある課題じゃん!

 

申し訳ないけど

たぶん選手コースの条件ではないぞ。笑

 

突っ込みそうになったけれど

『そっかー分かって良かったね。忘れないで、努力しないとね』

と声をかけました。

 

この課題は、

二年生なら普通にできてくるころですが

もんちっちにはそれがなかなか(°▽°)

 

コーチの説明が少し長くなると

目線はほかに移り

心ここにあらず。

順番なんて、呼ばれるまで気にせずボールひらいをしながらひとりでボールと戯れてます。

 

このなんでもない課題が、結構な高い壁であることを本人が理解してるのかは不明ですが

こうやって明確にしてもらったほうが目標が出来て、もんちっちも取り組みやすいんだと思います。

 

彼はここ何年も

テニス選手になって優勝する🏅

そう言い続けてます。

 

何に優勝するのかは知りません。笑

 

もんちっちが自分で見つけた夢です。

私にはそれが一番嬉しいことで

だからこそ、

本気ならこれは自分で克服すべき課題だと思っています。

苦手だからではダメ。

 

本人には、すごく難しい課題かもしれないけれど好きなことのためなら努力できると思うんです。

それを通して自分の苦手に気づいて工夫の仕方を見つけることが大切かなと。

 

やるなら、本気でやるべき!そう思う。

大成しなくとも、本気でやったかどうかの過程がきっととても大切なこと。

 

学校で、じっと座って授業に最後まで集中することより、まだ取り組みやすいはず(⌒▽⌒)

 

素直に自分の気持ちを言葉にするもんちっちなので、一緒のクラスのお友達が選手コースに行くと聞けばそのお友達に、

 

『くっそー。いいなぁ。俺も早く行きたいわー。いいなー、羨ましいわ、あーいいなー』

 

ってものすごく話しかけてます。笑

お友達、返す言葉に困ってる。

けど、嫌そうではない(たぶん)。

 

彼のこういう行動のおかげで、

そのママも笑い

私は必然的にそのママとお話しをして打ち解けられたり、

もんちっちに声をかけてくれるようになったり、

もんちっちのおかげで人と繋がっていく体験をたくさんします。

 

いつか選手コースへの切符が貰えたなら

もんちっちはどんな反応を示すのか

外国の動画みたいに泣き叫んで喜ぶんじゃないかと。笑

それがとっても楽しみです☺️

目標は「みんなと同じ」にすることなの?

みんなと同じようにできないうちの子。

例えば、じっと座って授業を静かに聞くことができず

立ち歩くことはしないまでもゴソゴソソワソワどこかしらが動いています。

姿勢を一定に保てないから、足を動かし、向きを変え、落ち着いて一定時間止まっているのは集中しているときのみ。

 

聞くことが苦手なので、仕方ないのかな。

聴覚的な指示はとても入りにくい。

ザワザワした教室では、その難しさはさらに増すらしいです。

最近本人も言います。

静かなところじゃないと集中できないんよなと。

 

しかし、そんな中、本人は人一倍うるさいのです。

授業中、先生の問いかけについつい大きな声で返事をしてしまうし、手を挙げずに答えてしまう。

色んな理由がこの背景にはありますが、先生とほかの友達にしたらとても迷惑なことかと想像します。

 

一場面だけでもこんな問題が山積みなもんちっちの日常ですが

ふと、もんちっちの目標ってどこに置くべきなのかと考えました。

 

もんちっち主体だと簡単です。

だけど、お友達のことを考え、さらにはもんちっちの将来も考えていくと

結局は、みんなと同じようにできることに辿りつく、もしくはそこに限りなく近づけた目標を考えてしまう私。

だからついつい、いろんな注意もしてしまう。

 

個性を大切に、一人一人の違いを認めるのなら特性のあるもんちっちの目標はみんなと同じようにできることでいいのか。

ほかの子どもたちだって、特性とはいかずとも個性があり、みんなと同じようにできることはどこまで大切な目標なんだろうって。

 

特にそのことを感じるのは、運動会や学習発表会の練習です。まっすぐに並ぶこと、動かないこと、ピシッと揃えること、同じように。

ここに完璧な目標を置かれてしまうと、苦しいんですよね。全て、もんちっちにとってすごく難しいことなんですもん。

しかし、できないことはそれほどめちゃくちゃ人に迷惑かけてるのかな?と思う目標でもある。

先生方、ごめんなさい🙏

でも、でも、止まれないのに止まれとみんなの前で注意を受けたり、言われ続けるのは、毎日凹むよなぁって😅

 

授業などは、最低限のルールを守らせることは必要だと思う。他者の学ぶ権利を守ることが必要だから、何が迷惑なのか本人も理解しないと。

 

そんなことを考えていたとき、とある研修で同じようなことを言われていた先生がいました。

 

個性を生かす教育を唱え様々な個性に対応した支援をしているが、その目標は、みんなと同じことを同じようにできることに設定しているのが現状。

支援の仕方を、個性に合わせて工夫しているように見えて、みんなと同じにするために支援している。

結局、支援によってできる子はそれでもいいが、そうではなく難しい子は、無理な目標に苦しみ続けると。目標が大事なんだと。

 

そんな話を聞きながら

やっぱりそうなんだなって。そういう問題に気づいてもらえているだけでまずはホッとしたり。

 

みんなと同じようにできることは決して悪ではないし、将来社会に出るために必ず必要なスキルにも繋がると思う。

だけど、どうにか、みんなと同じように装って過ごすことを学校生活でしてきた子どもたちは、

自分の特性を周囲に理解してもらったり、その上で周りにとって迷惑な範囲を知って、うまくやるというパターンを学んだりとか、そういうのをすることなく成長することになるのではないかと危惧してしまうのです。

 

つまり、私が言いたいのは

最終的に、この子たち、パーフェクトに特性がなくなることはないのだから

仕事の向き不向きも絶対に将来あると思うんです。

どんな仕事でも選べるパーフェクトなタイプではないと思われる。

仕事って、大事な場所だと思うし、自分の活躍できる場を築けるかとうかは生き方に大きな影響を与えると思う。

だからこそ、最終目標は自分に合う環境を自ら見いだしそこで生きることだと私は思うんです^_^

大きな目標だけど、やっぱり親としてはそこかなと。

 

そのために、みんなと同じようにの訓練も必要なことだけど

みんなと同じじゃない目標を本人と立てて

その理由や、そのデメリットも話しあって

僕はこういうとこ苦手だなぁ。ここまでならできる、とか、こうやれば僕もできる、こういうのは絶対無理だなとか。

子ども自ら自分と他者との違いを学んだり、自分って、、を読み取っていく必要があるんじゃないかって。

その中で、あなたにもこれだけ配慮する、だからあなたもみんなに対してはこうしよう、これはみんなにとっては迷惑だよね、って。

 

そうやって分からせてやって欲しいなぁ。

 

まとまりない文章になったけれど、

この悩みはたぶんいつまでも続く悩みだと思うんです。そして、答えは状況により様々なこともよくわかってるつもり😅

 

いつか成長したもんちっちの口からもんちっちにとっての正解はどれなのか教えてもらえたら嬉しいな😆

 

長くて読みにくい文章、お読みいただきありがとうございます🙏

表情から心を読み取る力

新学期が始まりましたね。

うちの子たちも、ようやく学校のリズムに慣れつつあるそんなところです。

 

新学期になって、久しぶりに通級がありました。

絵を見て、相手の感情を読み取るようなそんなゲーム?をしたようなのですが

表情から読み取ることに少し苦戦していましたと、コメントがありました。

 

なるほど。そうなのかと、正直新たなもんちっちの一面を知りました。

私、こんなに一緒にいるのに、8年ももんちっちのことを見ているはずなのに

その能力に関しては問題ないと思ってたんですよね💦

まだまだ私も勉強しないとわかってないんだなぁと反省。

 

そして、タイムリーにも、それを感じる出来事があったんです。

 

ドラえもんを一緒に見ていたときのこと。

とっても明るくていい人のように描かれている人物が、 ニヤッ て一瞬、悪い顔をしたんです。

 

あ、この人は黒幕なのね、なんか企んでいるのね!と、分かりやすい演出で。

 

思わず、私は

「あー、悪者なんだね!」

って言いました。

あ、言っちゃダメだなーと言った瞬間に思ったんですが思わずね(^◇^;)

そして、もんちっちの弟も

「うん!たぶん悪者」

と同調。

 

だけどもんちっちは、

「なんで!違うよ。子どもが好きないい人やろ!」と。

 

弟が、さっきニヤッて悪い顔したよって説明するけど

もんちっちはそれは見てたのか、見てなかったのか何も言わず、

「人のことを見た目やその一瞬で決めたらあかんやろ!」\\\٩(๑`^´๑)۶////と怒る始末。

そしてそれまでどんないい人だったかを力説。

 

私も、私が火種を撒いてしまったと反省しつつ

二人とも間違ってないね(^◇^;)、と話してまたドラえもんを見ていました。

 

でね、最終的にもんちっちが

「ほんとだ!悪者だったー」となると思ってたんです、私。

 

なのに、なのにね、

実は、その人悪者でなくて。( ̄▽ ̄)笑

 

ひっかけの「ニヤッ」だったみたいー💦💦💦

まじかー!まじかー!って思いました。

ドラえもん、奥深い。笑

 

もんちっちは、もしかしたら表情から感情を読み取る力は弱いのかもしれないけれど

けれど、こんな風な結果になると

いいこともあるのかもしれない。

人として、間違ってないのかも。笑

言い過ぎか。

いやぁ、今回はもんちっちの感性、すごいなぁと思ってしまった。笑

 

昔なら、あのニヤッてして悪者決定なのに

悪者じゃなかったなんてホントにドラえもんも進化してるわー。

 

妙に色んなことに感心した私でした!

 

よい週末を(╹◡╹)♡

もんちっちの劣等感

もんちっちが抱えている劣等感というものを、最近初めて知りました。

 

今までは、もんちっちが言語化して自分の考えを話すことはあまりなかったので

どう考えているのかは分かりませんでした。

 

どうやら、もんちっちの居心地の悪い場所は、保育園らしいです。

保育園時代というべきなのか。

 

何故かというと、英語で話さなければならなかったから、だそうです。

 

これは、インターに入れてしまった私に責任があります(T-T)

 

幼い頃は、今よりもっとADHDらしさが全開でした。

好きなことのみ集中!聞こえていても、ほとんど聞いてない状態。マイワールドでひたすら興味あることをやる!

 

だから、もんちっちは英語のレッスンを最初の方は全く聞かなかったんです。

日本語でさえ、ほとんど指示を聞いてないのに

英語を最初から聞いてなかったことで

余計にわからないとなったようで。

 

お話ししたいのに、わけのわからない言葉を使わないといけなくて

楽しくなくて、そしてレッスンは聞かない。

悪循環でした。

こんなことの繰り返しで同じスタートをきったお友達より英語の力は随分と遅れをとることになり。

 

お友達は好き。先生も好き。

だからどうにか過ごせて、私はあまり気にしていませんでした(T-T)

年長になると英語も保育園児レベルでの会話はできるようになって遊んでいたし、

もんちっちのペースで頑張ったと思っていました。

 

今回、夏のサマースクールはどれくらい行く?なんて話しをしたら

行きたくないなぁと言い出したんです。

 

 サマースクールは、卒園した保育園が夏休みの間、卒園児に向けて開校してくれていて

7割くらいの卒園児がきています。

 

なぜ行きたくないのかきくと

 

『保育園では、僕はダメな子だったから。

今も、英語はやっぱり得意ではないし

友達とは遊びたいけど

英語だとまたダメな子になる。嫌な自分を思い出す。

言いたいことが言えないのは嫌。』

そんなことを言いました。

 

そっかぁ。

そっかぁ。

 

そんなふうに、感じてたんだな。

 

ごめんね、もんちっち。

 

サマースクールには、行かないことにしようかと話しをしました。

 

卒園してからずっと、もんちっちのために保育園の先生はプライベートレッスンをくんでくれています。

みんなとのレッスンはせず、短い時間にしてプライベートレッスンを卒園してから続けてきました。

文法とか、なぜそうなるのか理由を日本語で説明して理解するほうがもんちっちには合っているし、彼も楽しいと思うと先生たちは、もんちっちに合わせたレッスンをしてくれています。

その理由を、話す時がきたともんちっちに説明してみました。

 

『今、みんなとレッスンせずに○○(保育園の先生)と、プライベートレッスンしてるでしょ?あれはね、先生が、ママに言ってくれたからだよ。

もんちっちは、できない子じゃない。小学校に行っても英語を続けさせてやって欲しい。絶対、いつか英語がもんちっちを助けてくれる時がくる。だからお母さん、もんちっちをここに連れてきてやってねって。ママは先生にそう頼まれたの。』

 

もんちっちは、うぇーんって言いながら泣いていました。

嬉しいって。

先生のことは大好き、これからも、プライベートレッスンは行く、と。

 

辞めたいなら、辞めてもいいと私は思ってます。

 

だけど、英語はもんちっちのことを苦しめたかもしれないけれど

インターのおおらかなところは、もんちっちにとって必要な場所だったとも思うんです。

多様性というものが当たり前のところで

ネイティブの先生たちは、彼はとても面白くでユニークな子どもだと言ってたくさん彼と遊んでくれて、私にもたくさん彼の面白さを伝えてくれた。

みんな同じじゃなくていい、なんて、そんなこと言わなくてもそんなの当たり前のところだった。

 

そして、もしもんちっちにとって

このきっちりた日本の世界がしんどいのなら

いつか世界を見て欲しいと願っている私もいる。

大きなことをするとかでなく

好きなとこで、自分の合う空気の世界で

自分らしく生き生き過ごせる世界で

好きな仕事をして働いてくれたらいい。

 

そのとき、英語は、外の世界へのもんちっちのハードルを下げてくれるんじゃないかと

そんな淡い期待もある。

 

だけど、それは幼いもんちっちに分かるはずもなく、私の勝手な考えでしかありません。

 

もんちっちは、一度できない自分と向き合っていたんだなぁ、そんなことを知り

心がきゅーんとなった出来事でした😔

テニスでオリンピック選手になって優勝するのが夢らしい( ̄∀ ̄)

最近も、もんちっちの世界はテニステニステニスです。

 

テニスは気持ちいい!

 

打った時、すっきりする。

 

全部吹っ飛ぶ、と言います。

 

最近は、ボールとラケットを使って小技を習得するのにもハマっています。

 

こんなにテニスが大好きなのに、なぜかトップ選手や他の選手の試合は見ません。

錦織選手やフェデラーナダルジョコビッチ、顔は知っていますが

私がテレビにかじりついて観戦していても、もんちっちは全く試合を見ない。

隣でマイクラしています。

自分でするのは楽しいけど、見るのは今のところそんなに楽しくないのかな。

 

だけど、動画で見つけたまた抜きショットとかはすごい念入りに何回も見てました。笑

たぶん、できないのにいつか真似してやって痛い目に合うだろうとママは確信しています( ̄∀ ̄)

 

でも、そういえばもんちっちは動画でみた逆立ちブリッジ?を6歳くらいから真似し始めて

何回も繰り返し練習していつのまにか完成させていました。

あのしつこさでやればいつかは出来るようになるのかもしれません(・∀・)

そういう、これ!と思ったものはひたすらやるのです。

危なかろうが、関係なし。

 

逆立ちブリッジの次は、立った姿勢から後ろにブリッジして回転して立つ、みたいなのをこれまた習得して。

もう前にも後ろにもくるくるくるくる回るようになりまして。

身体はもともとすんごい柔らかいんですが、中国雑技団みたいになり。

うつ伏せに寝転んで、自分の頭を後ろから両足の裏で撫で撫でしながらテレビみてたり、ホラーです。

 

小学校の廊下では連続逆立ちブリッジで進んでいたらしく、禁止令がでていました( ̄∀ ̄)

そういえばスーパーでも、デパートでも道路でも、どこかしこでやっていた時期がありました。

本当に迷惑でした。

 

先日、学校へ寄った日に、小学校の短冊にそっと書いていた願いごとを、保健室の先生が教えてくれました。

 

『テニスのオリンピック選手になって優勝できますように』

 

そう書いて、叶うよう手を合わせて祈っていたとのことです。

オリンピックに出るとか、選手になるとか、男の子あるあるですが、もんちっちがそんなふうに願いや夢を書いたのは意外でした。

 

学校にいても、頭の中にテニスがあるってことは、彼にとってよっぽどテニスが大好きなんだと思います。

彼の頭の中はいつもコロコロ変わって忙しいはずなので( ̄∀ ̄)

 

だけど、もんちっちのテニスには、波があります。

集中してる日と、してない日では別人です。

コーチはよく見抜いていて、集中していない日はあまり何も言いません。

そんな日には言っても入らないのが分かってるんだと思います。注意も最低限の注意のみです。

集中している日には、たくさんアドバイスし、できたら褒めて、もんちっちをいい気分にしながら乗せています。

 

『集中した時は、少々タイミングが遅くなっても合わせてこれる。ダメな日は、集中してないだけ。まずはレッスンで集中力が続くようになることが今の目標!』

 

そんなふうに言われていました。

 

もんちっちの望む選手コースへの道は、このあたりがまずはクリアできなければ

まだまだ難しいはずです。

まだまだ週2回のレッスンです。選手コースに行くには、コーチから声がかからなければいけないのです( ̄∀ ̄)

声がかかるのを、もんちっちは楽しみに練習しているんです(^○^)

いつかいけるといいね!

 

大きすぎる夢でも、自分で選んだ夢をもつことはとっても大事だと思う!

頑張って👍

幼少期の振り返り①スイミング編

幼少期の多動な日々をちょっとずつ振り返ります。

前にも書きましたが、

もんちっちは年少さんの頃、

スイミングに行き始めました。

 

有り余るパワーをどこかで消費したいと私が願っていたからです。

 

スイミングのプール自体は抵抗なく、すんなり入って楽しんでくれたのですが。

 

まず大変だったのが体操の時間。

 

小さな部屋で級ごとに並んで、準備運動をする時間です。

部屋に入ると、とりあえずまず走り回ります。

ひとしきり動いたあと、部屋から出ます。

この時間が本当に苦痛でした( ̄∀ ̄)

ギャラリー席に行ったり、受け付けのカウンターに行ったり

椅子に座ったと思ったら立ち上がって椅子から飛び降りたり。

自販機を見ればジュースやアイスを買いたいと言い、

プールが終わったらねと言い聞かせても今がいい!と納得せず駄々をこね。

 

ほかの子は、コーチと体操をしていて

ママたちは座ってそれを見ている時間。

もんちっちは動き回って、私はそれを追い回す時間。

追いかけたら余計逃げるように走り、だけどどこかに行ってしまったら困るから放置もできず。ぶつかったりと迷惑をかけた人に謝って、叱ってもまた繰り返す。

早く時計よ進め、体操よ終わっておくれ

彼をプールに連れてってーと時計の針を何度も何度も確認する時間でした。

よく、頑張ったなぁ私。笑

 

体操の時間の様子をよく見ていると、大きな声でみんなが

いちにーさんしーごーろーくしちはち

と数えいる時、耳を塞いで嫌がっていることもありました。

大きなわめくような音が不快だったのだと思います。

これに関しては、ずっと毎回ではなかったし、年中さんくらいには気にしなくなっていました。

自分はもっとうるさいのになんて私は思っていました(・∀・)

 

体操が終わってプールにみんなが移動し始めると、ようやくコーチに託すことができ、やれやれやれやれ、やれやれーーーー!

と、1時間のつかの間の安堵の時間を手に入れられました。笑

 

プールの中でも

もちろんもんちっちはもんちっちです。

順番を見ていないとか、次に何をするか説明を全く聞いていないとか、

列に並ぶとお友達とじゃれ合い出すと、全く周りが見えなくなったり

もしくは、ひたすら一人で潜りっこしてたりとか。

窓ガラス越しのギャラリー席にいても

『もんちっちーーー!』と何度もコーチが呼ぶ声が聞こえてくるほどで。

自分の世界でひたすら水と遊んでいました。

コーチは大変だったとは思いますが( ̄∀ ̄)

 

そんな大変なスイミングも、年長の頃には

一人列に並び、体操をして、話しは聞いてないながらもみんなと同じような動きができるようになっていました。

 

突然成長するわけではないけど、少しずつできる日、できない日を繰り返しながら

できるようになっていった、そんな感じでした。

 

4年半ほど習って一年生の春にスイミングは辞めましたが、

今年の小学校の水泳では、泳ぎの見本をさせてもらったらしくとっても嬉しそうでした。

 

もんちっちは、自分を見つめることが苦手なのではと思います。

どちらかというと、自己評価は低い。

できることも、気づいていないというか、

できていてもにあまり自信がないし

できないことは特に強調されて感じているように思います。

スイミングでも、クロールが停滞したときからやる気をなくし、水泳は得意ではないと思いこみ、水上を浮遊ているのかというような気の抜けた練習をし、やっと合格したことを機に彼は迷いなく辞めました。

 

これは、もんちっちの気持ちだけの問題ではないようで、身体がどう動いているとか、どう動かせば良いという感覚が分かりにくいから余計に水泳が上手くいかなかったようです。

発達の先生が仰ってました。

 

なので、今回学校で水泳の見本になれたという明らかな事実によってようやく、

僕は意外と上手にできるんだ!と感じたみたいで。

 

スイミングも、もう一回行こうかななんて

調子のいいことを言っています。

 

そんな簡単に辞めたり戻ったりは私的には無理ですけどね( ̄∀ ̄)

 

こうして振り返ってみて、あんなに大変だったことも少し忘れていた自分に気づきました。

 

確実に成長しているんだなと。

大変なことも、笑いに変えて

これからも乗り越えていくしかないなぁ(^○^)